対談記事(6):AIと特許・AIによる特許に関する業務の効率化

記事の概要:
 対談前半では、AIが技術開発に応用されている例として「マテリアルズインフォマティクス」(新しい材料を効率的開発するための技術)を取り上げ、特許申請との関係も含めて、分かりやすく説明しました。
 対談後半では、AIによる「発明」が可能かという点と AIによる特許業務の効率化という点を議論しました。


1 AIを利用した技術開発

(1)マテリアルズインフォマティクスとは

松岡:前回、AIと著作権というテーマでお話しさせていただきましたが、本日はAIと特許というテーマでお願いします。AIを新しい技術開発に用いている例はすでにあるのでしょうか?

町田:機械学習を用いて新しい材料の開発を行う「マテリアルズインフォマティクス」などは、その一つではないかと思います。

松岡:「マテリアルズインフォマティクス」とはどういう技術か分かりやすくご説明お願いできますか、前さん。

前:マテリアルズインフォマティクスは、狙った特性を持った新しい材料を効率的に開発するための手法です。ここでいう材料とは、例えば、金属や半導体、有機などの工業的な材料のことです。有機材料には化学繊維の材料もあれば、薬剤なども対象と考えられます。
 通常、新材料の開発のためには膨大な実験が必要です。合金の場合、どういう元素とどういう元素をどの割合で混ぜるか、どういった熱処理を行うかといった条件を、研究者の経験と勘を基に、少しずつ条件を変えた実験を繰り返し行って、最良の条件を発見します。実験は実際にモノを作って評価するので、大変時間とコストがかかります。実験を行う代わりに、物質の安定構造や性質などを、物理、化学の法則を基にコンピュータでシミュレーションする取り組みは古くからあります。近年ニュースなどで見た飛沫の拡散シミュレーションも物理法則を基にしたシミュレーションと言えます。こういったシミュレーションも1つの条件のシミュレーションにスーパーコンピュータを使って何日もかかる場合もあり、現状では実際的な物質の探索に有効とは言えません。どういった条件で材料を作ったらどういう性質になったというデータベースを作成し、機械学習の手法で、作成条件と性質を関係づける予測モデルを作成し、新材料の開発に役立たせようというのが「マテリアルズインフォマティクス」です。

松岡:ありがとうございます。マテリアルズインフォマティクスという技術は、いつ頃から存在するのでしょうか?

前:2011年オバマ大統領のときにアメリカでプロジェクトがスタートしたのが最初と言われています。

松岡:日本ではどうですか?

前:日本でもその数年後に筑波の研究所などを中心に全国の研究者が参加するマテリアルズインフォマティクスの大きな研究プロジェクトできました。プロジェクトがスタートした方が早いかもしれませんが、ディープラーニングによるAIブームになったことで、マテリアルズインフォマティクスもAIを利用した技術として注目された面はあるかもしれません。

松岡:マテリアルズインフォマティクスの実際の開発例としては、どのようなものがありますか?

町田:産業技術総合研究所(「産総研」)の公表資料によれば、「レキシブル透明フィルムの開発に人工知能(AI)を活用し、透過率、破断応力、伸びの3項目の特性に優れたフィルムの開発実験回数を従来比25分の1以下に低減することに成功しました。」とされています[1]。また、産総研は、光機能性微粒子や触媒などに関する目的別のデータプラットフォームも構築したとのことです[2]

(2)AIを用いた技術開発と特許出願

松岡:マテリアルズインフォマティクスの成果を特許出願した事例はあるのでしょうか?

町田:特許出願の際には、おそらく、「マテリアルズインフォマティクスを利用して材料開発を行いました」とは記載しないと思います。

星野:仮に「マテリアルズインフォマティクスを利用して発見した」ということを特許出願書類に記載した場合であっても、特許性の判断に影響されることはないと考えていますが、いかがでしょうか。

町田:まず、マテリアルズインフォマティクスで得られた化学式や組成をそのまま「特許請求の範囲」(権利範囲の項目)に記載した場合に、特許を取得できるのかということが問題となります。
 マテリアルズインフォマティクスで得られた化学式や組成を特許請求の範囲に記載するのは簡単です。しかし、化学式や組成が単に記載されているだけでは、通常、「製造条件が開示されていないので化合物を製造できない」「発明の課題を解決できることを認識できない」という記載不備が指摘され、拒絶されてしまうと思います。
 このような記載不備を回避するため、つまり、特許として認めてもらうためには、特許請求の範囲に記載された化合物が実際に製造できるかどうか、所望の効果が発揮されるかどうかを検証し、その結果を明細書(発明の詳細を説明する書面)に開示することが必要です。このような過程を経ることで、発明が実質的に完成すると言えます。材料開発のきっかけは、マテリアルズインフォマティクスでも構わないと思いますが、製造条件等を検証・実証する作業は欠かせません。
 逆に、化合物の製造条件や効果が出願書類に十分に開示されているのであれば、マテリアルズインフォマティクスを利用したことを記載したとしても、特許性は否定されないように思います。

星野:ありがとうございます。

前:従来であれば、研究者がその経験に基づいて「こういう範囲で組成を変えよう」、「こういう範囲で温度を変化させよう」という実験計画を立てて、実験の結果、一定の組成または温度の実験により良い特性を見つけることができれば、それが発明となってきました。
 マテリアルズインフォマティクスを利用する場合、この経験に代えて、マテリアルズインフォマティクスに基づいて予測された範囲で実験を実施します。マテリアルズインフォマティクスを利用する場合であっても、実験範囲の絞り込みに用いるのみで、実際に良い結果が出ることについては実験で検証を行います。特許の明細書に記載されるのは、この実験による検証の部分だと思います。実験の範囲を絞り込んだ手段が、人の経験によるか、マテリアルズインフォマティクスによるかというのは、特許出願の際には、通常、記載されないということと思います。

(3)生成AIを用いたマテリアルズインフォマティクスの可能性

松岡:生成AIをマテリアルズインフォマティクスに利用することはできるのでしょうか。将来的な生成AIの利用の可能性を教えてください。

前:マテリアルズインフォマティクスに用いられているアルゴリズムは通常生成AIではない普通の(普通のといういい方は変ですが)機械学習のアルゴリズムです。

  • 今思い付きでお話しすると、例えば、分子構造もC,N,O,Hなどが並んだものです。これは文字が並んでいるのと同じことなので、この原子の並びと物性を組み合わせたデータをChatGPTに用いられているような言語モデルで学習させると、欲しい性質の組を与えるとそれにあった分子構造を生成するような生成AIができるかもしれません。もしこういう風にモデルが作成できるなら、構造化されたデータベースが必要ないので、データの種類が増えた場合にも容易に拡張しやすいかもしれません。思い付きで話しましたが、もしかしたらそのような研究がもうあるかもしれませんね。この記事で公知になってしまうかな(笑)。
  • 生成AIとの関連で言えば、マテリアルズインフォマティクスのChatGPT向けのプラグインを作って、ChatGPTにマテリアルズインフォマティクスの結果を引用させるということは考えられます。対話モデルのプラットフォームをユーザインターフェースにして、マテリアルズインフォマティクスを利用するイメージです。

2 AIによる「発明」

松岡:現在の生成AIの議論では、「AIは、新しいものを生み出さない」という意見と「新しいものは既存のものから生み出されるのであるから、AIでも新しいものを生み出すことができる」という意見があります。新規な「発明」に特許が認められることとされており(特許法29条1項)、本日のテーマがAIと特許ということですので、「AIが新しいものを生み出す」ということについて、もう少し丁寧に整理しておきたいと考えています。

町田:まず、AIが発明者になれるのか、という論点があります。米国のあるAI開発者が、各国においてAIを発明者として国際出願(PCT出願)している事例がありますが、日本の特許庁は、AIを発明者とすることは否定しましたね[3]。米国[4]、欧州[5]でもAIは発明者になれないと判断されています。

松岡:特許法29条1項は「発明をした者は・・・特許を受けることができる」と規定していますので、人ではないAIを発明者とすることはできないという解釈ですね。

町田:ちなみに、この事例で問題となった発明は、国際出願に対して行われる「国際調査報告」においては新規性・進歩性が認められないと評価されていました。各国の特許庁がAIを発明者と認めたとしても、特許性をクリアできない可能性があったようです。

松岡:やはりAIが創造的な発明を行うのは難しいということでしょうか?

町田:この事例の場合は、進歩性が認められないということでしたが、AIが提案する内容が常に発明に値しないことを意味するものではないと思います。人が行う発明も、従来技術の組み合わせという場合も多いと思います。そういう意味では、既存の技術情報で学習したAIが、既存技術を組み合わせて「発明のようなもの」を提示することもあり得るように思います。

前:AIが発明できるかというのは、そもそも「創造」とはどういうことかというある意味哲学的な問いを含んでいて、研究としては面白いと思いますが、我々の協会のキーワードでもある「ビジネス」というキーワードで考えると、AIをいかに活用して人の発明を促進するかという観点の方が実践的で重要と思います。
 ChatGPTでも、プロンプトエンジニアリングとして、できるだけヒントを入力することで、欲しいレベルの回答に近づけるということがあるように、人間がある程度AIを導くことが必要です。元になるアイディアの部分を含めて、すべてAIが提案することはまだ難しいように思いますので、実質的にAI自身で「発明」するというのはもう少し将来の話のように思います。

町田:私もそう思います。AIが自ら発明するというのは、課題だけを与えたら、どの技術とどの技術を組み合わせればその解決策になるということを提案するということですから、少し先の話でしょうね。

前:人が発明の過程で、ブレインストーミングや課題を絞りこむための手段として、AIの回答を参考にするというのは、ありうると思います。ただ、そのようにAIを使ったとしても、それはあくまで人の発明です。AIを利用することにより、人の発明が促進されるということだと思います。

星野:議論を伺いながら、例えば、ChatGPTに「時々、書き損じをしてしまうので、消せるボールペンが欲しい。どうすれば、そのようなボールペンを作成できますか」と入力し、回答してきた様々なアイディアの中から「これは」というものを開発する、という使い方を想像していました。「こすったら摩擦熱で透明になるインクを利用する」という回答を見て、実際にそのようなインクの開発を実施するということですね。ただし、このような使い方をした場合に、その回答に基づき実際に消えるボールペンを作ったとしても、これはChatGPTが発明したのではなく、ChatGPTを利用した人間の発明だと思います。

前:インクが見た目に「消える」という状態はどのようなケースがあるか挙げさせる。インクの材料としてどんな物質の候補があるか挙げさせる。という風にAIにサポートしてもらうというのが良い使い方と思います。

3 AIによる特許業務の効率化

(1)技術の説明のための文章の効率化

松岡:次に、AIの利用による特許業務の効率化について、お伺いしていきたいと思います。町田先生、特許事務所において、生成AIを利用できる可能性があるかご教示をお願い致します。

町田:多くの特許事務所は、出願書類の作成を主たる業務としています。発明者から発明を聞いて、資料をもらって、それを元に出願書類を作成します。この業務においては、文章や図面を作成していますので、生成AIを利用できる余地はあるように思います。
 例えば、「特許請求の範囲」に記載された発明については、その分野の技術者が実施できるよう、発明の構成要素を詳細に説明する必要があるのですが、構成要素の一つ一つは、先ほど述べたように既存技術であることも多いので、生成AIで作成できる部分もあるかもしれないと考えています。

前:従来技術や発明の背景のパートであれば、生成AIが書いてくれるように思います。請求項がベースとしてあって、その請求項をベースとして明細書を書くことについて、生成AIにより省力化するということですね。

町田:そうです。文章を要約する生成AIも利用できるかもしれません。発明者が執筆した論文を生成AIに読ませて特徴点をまとめてもらう、ということもできるかもしれません。
 また、特許事務所には、出願書類をチェックするという作業もあります。私共の事務所では、文章の長さ、主語の有無、符号の誤り等をチェックするソフトを使用していますが、「読みやすい文章か」、「技術的に誤りはないか」、「特許請求の範囲が狭く限定されていないか」という点は、人間がチェックしています。職人的・属人的な作業ですが、ChatGPTから生成される自然な文章を目の当たりにしてから、このような作業にも生成AIを活用できるのではないか考えるようになりました。
 ただし、発明は機密情報ですので、生成AIの利用は現状では難しいですね。

前:今、特に問題視されている部分ですね。この点は、次回以降にまとめて議論しましょう。

(2)技術調査の効率化

星野:弁護士としては、AIを利用して、各国にある技術をいかに効率的に調査できるか、という点は気になります。場面としては、特許侵害訴訟で相手の特許を無効にする技術を発見できるかという場面での活用が考えられます。


町田:特許庁は、AIを利用した技術調査のツールを使っていると聞いたことがあります[6]。実証も進んでいるようですので、一定の時期になれば、特許庁がそのツールを公開するのではと期待しています。

星野:ありがとうございます。

町田:INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)の検索サイト「J-PlatPat」[7]では、AIを活用した翻訳エンジンが使用されています[8]。例えば、「J-PlatPat」で韓国語・中国語の特許文献を調べると、機械翻訳された日本語文が表示されますし、日本語の公報等については機械翻訳で作成された英文を取得できます。翻訳の質も向上しており、実務で活用できるレベルにあります。
 特許庁のこれまでの取組みからすれば、AIを利用した技術調査ツールについても、利用者の便宜を考慮して、一定の段階で公開してくれるのではないかと密かに期待しています。

前:その機械翻訳も、大規模言語モデルですね。日本語と英語文章の組で学習させたのが機械翻訳、問と応答の文章で学習させたのが対話型の生成AIですね。

2023年4月


[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200413/pr20200413.html 
[2] マテリアルズ・インフォマティクス・プロセス・インフォマティクスで何が変わる? (aist.go.jp) 
[3] 発明者等の表示について | 経済産業省 特許庁 (jpo.go.jp) 
[4] https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2347.OPINION.8-5-2022_1988142.pdf
[5] EPO – Press Communiqué of 6 July 2022 on decision J 8/20 (AI system as inventor)
[6] https://www.jpo.go.jp/system/laws/sesaku/ai_action_plan/ai_action_plan-fy2022.html
[7] https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
[8] 特許情報プラットフォームの機能改善について(中韓文献機械翻訳文の訳質向上) | 経済産業省 特許庁 (jpo.go.jp)


【過去の対談記事】
対談記事(1):ChatGPTのビジネスの利用について、工学博士と弁護士が対談
対談記事(2):ChatGPT・GPT4の利用とセキュリティなどの問題点について、工学博士と弁護士・弁理士が対談
対談記事(3):対談記事(3):ChatGPTのプラグイン、Midjourneyなどの画像生成AIによる生産性向上
対談記事(4):Midjourneyなどの画像生成AIによる著作権の問題
対談記事(5):イタリアにおけるChatGPTの一時的な利用禁止と各国データ保護機関の動向

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対談者ご紹介

ジャパンマネジメントシステムズ株式会社 代表取締役社長
AIB協会理事 前一樹(まえ かずき)

東京大学大学院工学系研究科博士課程終了・博士(工学)取得。ベルギー・ルーベンカトリック大学研究員、北陸先端科学技術大学院大学助手、ITベンチャー企業取締役、CTOなどを経て、現職。医療系研究会事務局長、元上場企業監査役なども務める。情報処理安全確保支援士(登録番号第002063号)、ITストラテジスト。



弁理士法人磯野国際特許商標事務所 代表社員 弁理士
AIB協会理事 町田 能章(まちだ よしゆき)

早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了。総合建設会社勤務を経て、磯野国際特許商標事務所に入所。2014年4月事務所法人化に伴い代表社員(所長)に就任。AIB協会内外においてAI分野の知財に関するセミナー講師も務める。特定侵害訴訟代理業務付記登録。


渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 パートナー 弁護士 
AIB協会理事 松岡史朗(まつおか ふみあき)

  

京都大学法学部卒業。
上記の役職の他、一般社団法人日本DPO協会顧問、ステート・ストリート信託銀行株式会社社外取締役(監査等委員)も務める。



  

渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士
星野 真太郎(ほしの しんたろう)

一橋大学法科大学院修了。法律特許事務所勤務後、特許庁模倣品対策室の法制専門官を務め、多数の企業、団体へ知財案件、知財侵害対策に関する助言を提供。
https://www.aplawjapan.com/professionals/shintaro-hoshino


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